19『死の棘』

死の棘 (新潮文庫)
死の棘 (新潮文庫)』 島尾敏雄 新潮社 ¥820 ISBN4-10-116403-7
夫の不貞を知った妻がずぶずぶと狂気にはまってゆく様を、夫というか島尾の視点から描いた小説。ミホの精神が日を追うごとに不安定さを増してゆく様子、いつ妻の発作が起こるのか分からないがゆえに己の言動について無意識の部分を持つことができないトシオの混乱、なにより彼等の子供たち(特に長男)が両親の“カテイノジジョウ”を目の当たりにするたびに子供らしさを失ってゆくことが私を暗澹たる気分にさせた。なすことなすことが全て裏目に出てくるときのあの脱力感がずっと続く感じ。でもこれは人に薦めたい本だなあ。読みごたえあります。“つぐなう”と軽々しく口に出せなくなる。私小説と言うより小説の体をなした記録のようだった。棘とは何か。夫の不貞によって妻の精神に刺さった棘。連日連夜繰り返される妻の詰問によりトシオの身に刺さってゆく棘。子供たちの心をじわじわと痛めてゆく棘。ひとつの家庭を壊してゆく棘。いかようにも解釈できる。確か、ちょっとずつちょっとずつ発表していって、完成までに16年かかっている、はず。生まれたばかりの子供が高校生になる年月だよ。長ったらしく書いたけれど、一言で読後感を表すなら「うへえ」ですよ。気は滅入るけれど読んでいて面白かった。