ゆくあてもなく、だがどこかへ行かなければという焦燥に突き動かされて僕は歩いた。ここがどこなのか、閉ざされた街という言葉が何を意味するのか。本当のことを希求する僕と、知りたくないと拒否する僕が同時に存在している気分だった。不意に、鼻先を潮の香が掠めた。「海があるのか」 スニーカーの底がとろけてアスファルトと同化してしまいそうに重かったが、一歩一歩地面から引き剥がすようにして歩いた。海があるのなら、或いは。
(中略)
白く泡立ちながら迫り来る波。しかし不思議なことに波音がしない。“この海は死んでいるのかもしれない” 薄く緑がかった海面のずっと遠く、うっすらと丸みを帯びた水平線からぽつぽつと覗いているのは灰色の氷山なのか。何らかの街でないことだけは確かだった。
「馬鹿なことを考えてはだめだ」
男は海から目を離すことなく言った。馬鹿なこと。
「2キロが限度なんだ。君がここにくるずっと前に試してみたことがある。2時間沖へ向けて泳いだが、浜からの距離は少しも変わっていなかった」
海からの風が頬を撫でて過ぎる。音もなく寄せては返す波めがけて足元の砂を一掴み投げた。もしかしたら僕はこの街から出られないのかもしれない。確信に近い予感があった。